明治、大正、昭和、平成~元号の由来と意味&時代感をまとめ解説!

社会一般

今年2019年5月1日に元号が変わりますね。

新元号は令和(れいわ)と典拠が発表されましたが、元号には、必ず意味や由来を元にして決められています。

詳しくは、「元号の決め方を学んでみた!ルールを知ると改元がより楽しみになるよ」を参照してください。

 

そこで、今回は、近代日本の明治、大正、昭和、平成の元号のそれぞれについて、

  • 由来
  • 意味
  • 改元日といつからいつまで
  • 時代感(私のコメント)

を調べて簡潔にまとめましたので、一緒に見ていきましょう。

 

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明治

江戸時代の最後の元号である慶応から改元となり、近代日本の始まりとなったのが明治ですね。

では、その「明治」という元号の由来から見ていきましょう。

 

 

由来

易経(えききょう)の「聖人南面而聴天下、嚮」が由来の出典元です!

易経(えききょう)とは、ウィキペディアによると古代中国の書物であり、中心思想は、陰陽二つの元素の対立と統合により、森羅万象の変化法則を説くもので、儒家の経典として取り込まれているとのとです。

 

意味

意味としては、「聖人が北極星のように顔を南に向けてとどまることを知れば、天下は明るい方向に向かって治まる」ということです!

 

易経(えききょう)の「聖人南面而聴天下、嚮」という漢文を日本語に読み換えると、「聖人南面して天下を聴き、明に嚮(むか)ひて治む」と読まれます。

つまり、偉い人が多くの人に向けて政治をすれば天下はよくなるというなんとも明るいことを言っているのですね。

 

改元日といつからいつまで

1868年9月8日に改元しました。
1868年9月8日~1912年7月29日まで、明治の元号は明治45年まで使用されました。

 

明治の時代感

1872年(明治5年)に太陽暦がようやく採用されています。→全体的に武家社会から文明開化と富国強兵という西洋に追いつけとばかりに近代化にしようと頑張っていた時代だったようですね。

しかし富国ばかりだけでなく同時に、全国に2万余り小学校を設立して、現在の教育制度の礎をつくったのも明治ですね。

明治は、こんな時代だったと感じますが、どう思われますか?

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大正

明治天皇の崩御により皇后・一条美子の養子である嘉仁親王が天皇に即位するも、病弱であったようですね。大正の元号は短い期間となりましたが、その由来から見ていきましょう。

 

由来

易経(えききょう)の彖伝・臨卦の「亨以、天之道也」が由来の出典元です!

易経(えききょう)については、明治の由来の項目を参照してください。

 

意味

「その徳は剛直で、賢人を尊び、また篤実(とくじつ)なものが過度に健やかなものを抑止して、大いに正す」ということを意味しています。

 

「大亨以正、天之道也」の漢文を日本語に読み換えると、「大いに亨(とほ)りて以て正しきは、天の道なり」と読まれます。

「亨(とほ)り」の意味は、「高いところに行く(出世する)、順調にすすむ」という意味とのことです。

「大いに亨(とほ)りて以て正しきは、天の道なり」はどんな意味なのか・・・

「すべてとどこおりなく順調にはこび、正しさを得るのは、天道に合致している」

 

つまり、世の中の徳が支障なくゆきわたり、政治が正しく行われるということを言っているとのことです。

 

改元日といつからいつまで

1912年7月30日に改元されました。
1912年7月30日から1926年12月24日まで、大正の元号は大正15年まで使われていました。

 

大正の時代感

わずか15年間に大正ロマンの耽美感や大正デモクラシー運動があり、また、モダンガールやモダンボーイなど大正モダンなる文化も生まれましたね。

全体として、明治時代にないゆったり感と大衆感がありますね。しかし、悲しいことに、関東大震災が大正12年に発生しています。

大正は、こんな時代だったと感じますが、どう思われますか?

 

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昭和

近代日本の元号では、一番長い期間の元号となりますね。どんな由来から決まっていったのか、見ていきましょう。

 

由来

四書五経(ししょごきょう)の「百姓明、協萬邦」が由来の出典元です!

四書五経(ししょごきょう)とは、ウィキペディアによると儒教の経書の中で特に重要とされる四書と五経の総称を言っています。

 

四書は「論語」「大学」「中庸」「孟子」で、五経は「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」からなっていて、君子が国家や政治を治めるための教科書のようなものですね。

意味

国民の平和および世界各国の共存繁栄を願うという意味です!

「百姓昭明、協和萬邦」の漢文を日本語に読み換えると、「百姓(ひゃくせい)昭明にして、萬邦(ばんぽう)を協和す」と読まれます。

ここでの百姓は、一般庶民ことを言っていて、「百姓昭明」とは、人々が徳を明らかにするという意味があり、萬邦(ばんぽう)とは、すべての国、つまり万国のこと言っています。

これらをまとめと、国民の平和および世界各国の共存繁栄を願うという意味となるのです。

 

改元日いつからいつまで

1926年12月25日に改元されました。
1926年12月25日から1989年1月6日まで、昭和の元号は昭和64年まで使われていました。

 

昭和の時代感

昭和は、戦前と戦後に分けられて、戦前は大日本帝国、戦後は平和な民主主義日本であり、激動の時代と平和主義に分けられます。

戦前の時代は、普通選挙の実施など大正時代のデモクラシーという思想が大衆に徐々に広がりをみせていたが、1929年(昭和4年)に発生した世界恐慌が日本にも影響し、経済不況の中で打開策としてアジアという国外に進出を展開するようになり、帝国主義的な政治となっていきましたね。

やがて、第二次世界大戦が勃発となり、広島と長崎に人類初の原爆投下を受けて終戦を迎えました。

昭和の戦前は、こんな時代だったと感じますが、どう思われますか?

 

戦後の時代感は、GHQによる占領から始まり、アメリカの民主主義の徹底的に導入された。政治的な側面ばかりではなく、住居、食べ物、服装、音楽、映画など衣食住にアメリカンスタイルが浸透していきました。

また、朝鮮特需がキッカケとなり産業経済が復興して、高度経済成長を築くことになり、戦後の経済成長は世界的にも驚かれる状況となったりました。昭和61年からは、バブル時代と言われる土地ころがしなる財テクブームとなりました。

昭和の戦後は、こんな時代だったと感じますが、どう思われますか?

 

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平成

昭和天皇の崩御に伴い、その翌日には、この平成という元号が発表されましたね。天皇の生前退位より平成が終わろうとしていますが、どんな由来から始まったのでしょうかね。

 

由来

『史記』五帝本紀の「内」と『書経』大禹謨(偽書)の「地」が由来の出典元です!

 

『史記』(しき)は、ウィキペディアによると「中国前漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された中国の歴史書である。」と紹介しています。

 

『書経』(しょきょう)は、ウィキペディアによると「中国古代の歴史書で、伝説の聖人である堯・舜から夏・殷・周王朝までの天子や諸侯の政治上の心構えや訓戒・戦いに臨んでの檄文などが記載されている」と紹介しています。

 

意味

国の内外、天地とも平和が達成されるという意味です!

 

「内平外成」の漢文を日本語に読み換えると、「内平かに外成る」と読まれ、「地平天成」の漢文を日本語に読み換えると、「地平かに天成る」と読まれます。

 

この二つの意味を統合すると、国の内外、天地とも平和が達成されるという意味になるのです。

 

改元日といつからいつまで

1989年1月7日に改元されました。
1989年1月7日から2019年4月30日(予定)まで、平成の元号は平成31年まで使われる予定です。

 

平成の時代感

よく平成と平安は、どことなく似ているといわれますね。戦後という思想も遠ざかり、民主主義は当たり前になり、個人主義が浸透した時代と思いますね。

経済的には、バブルもはじけ、低成長は当たり前の認識となり、豊かさよりゆとりある社会を楽しむ感じがしましたね。

同時に、1995年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災など天変地異と不安定な気候変動が目立つ時代でした。自然の驚異は忘れず生きることが大切であることが認識されましたような感じがします。

平成は、こんな時代だったと感じますが、どう思われますか?

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最後に

近代日本は、西洋に負けないような国家づくりの明治時代はじまり、大正の民衆主義、昭和の戦前の帝国主義、戦後の民主主義、そして平成の個人主義が定着したような感じがします。

 

それぞれの元号には、感じる意味も人それぞれですが、今度の新たな元号では、どんな時代になるかわかりませんが、その時代にしっかり生きることは大切にしたいと思います。(^^)!

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